mtk13465003's diary

素敵な七十代を楽しく生きるために!

DNAってほんとに受け継ぐものでしょうか

今週のお題「宿題」
私は、恥ずかしながら夏休みの宿題を自分の力でやったことがありませんでした。夏休みになると、母が実家へ連れて行ってくれて、山の中を歩き回ったり、滝壺に連れて行ってくれたりして、野草を摘みながら植物採集の手ほどきをしてくれました。時には夕方になると近くの土手の草むらをかき分けて虫を取り、昆虫採集の手ほどきも受けました。そこまでならともかく、家ではお祖母ちゃんが新聞紙を四つ折りにして待っていて、草花を挟み大きな漬物石を載せてくれました。昆虫には薬品を嗅がせて羽など傷めないように幾つかの虫かごに分けてくれました。そして私が新聞紙を替え忘れてもお祖母ちゃんは忘れませんでした。わたしのやったことは、画用紙に、取った場所、種類(シダ類とか)名前を調べて書くだけでした。私は、母やお祖母ちゃんにこんなにもやってもらって宿題を仕上げていたのに、自分の子供たちには手をかけてやりませんでした。せいぜいドリルの丸つけと読書感想文を見てやった程度です。
子供たちの夏休みの生活を見てくれたのは夫です。夫はスポーツ少年団の水泳部を立ち上げて、田舎の大会や、自然の家での合宿や、山歩きなど、子供たちの長い夏休みの日記の材料に事欠かない活動をしてくれました。私もたまに低学年の泳ぎの相手をした程度です。
夏休みの課題を展示する文化祭が開かれた時、たまたま見に行った中学の美術部の部室で、たまたま目にした油絵が日本平からの写生画でした。その頃、老人会手前の絵を描く会に所属していて、同じような画材があるものだと近づくと何と私の描いた絵に明日香と記名されていたのです。呆れかえりましたが直ぐに笑いが込み上げて来て私より上手があったかと思いました。
働いていた母やお祖母ちゃんの私への思いやり?のDNAを私が受け継ぐことができなかったと同様に娘も私から何のDNAも受け継がなかったのだと思い、何という家族なんだと淋しい気持ちになりましたが、娘は私たちが決して持ち合わせなかった実行力と自立心を持っていました。決して頭のいい子ではありませんでしたが、決めたことは最後までやり抜く強さを持っていました。私たちの知らぬ間に、アメリカ留学のすべての段取りを自分だけで決め、親に相談することもなく、「じゃあ行くからね。銀行口座を作ったら知らせるから授業料は振り込んでね。」と言って旅立ちました。
人間には、血が繋がっていても、似ても似つかないものをもちあわせていることがあり、それが個性なんだ、身内でも個性を認め合うことでそこに家族の絆がより深まるだろうと思いました。夏休みの宿題もバカにはできません。