mtk13465003's diary

素敵な七十代を楽しく生きるために!

年齢を重ねるほど青春は美しい

 今週のお題「私がアツくなる瞬間」

 私が何より心配したのはお天気のこと、最近の予報は「曇り、雨、所によっては雷雨、陽が出れば陽射しも強くなりますから晴雨兼用の傘をお持ちください。」これでは上着のことも考えなければならないから荷物が多くなってしまい、足の不自由な者は気持ちが沈んでしまう。でも拾う神はあった。

 24日の朝は薄曇りだったのに、薄日が射し、爽やかな5月の風が肌を撫でていく。帽子だけの身軽な出で立ちを決めて集合場所の駅に向かった。

 今日こそ外出できるようにと体調管理に努めた甲斐あって、同級会への参加が叶い気持ちも弾んでいる。駅構内で大きなプラカードを掲げた人に会ったので、まさかと思い文面を読んでみると、私が卒業した高校の同窓会の案内だった。この季節、同級会や同窓会が花盛りなんだと思いながら「ご苦労様。」と心で言った。 

 焼津駅に集合したのは九名、同級会の通知を出してスタートした会ではなく、一番遠くの横浜在住のkが声掛けして始まった会なので、参加は自由、声掛けした相手の出欠によって人数は増減する。今回幹事のMが参加者を見て大型タクシー(9人乗りの

焼津八雲散策マップ)を頼んでくれたので、私は大助かりだ。小泉八雲が焼津に深く関わりがあることを無知だった私には、今日の会が大いに勉強になることだろう。

 最初は焼津の小泉八雲記念館、ここではギリシャ生まれの八雲がアイルランドからアメリカへ、アメリカから横浜、島根、熊本、神戸と英語教師や新聞記者などで生計をたてながら、大好きな日本の風土や文化、日本人気質に触れながら、焼津に定着するまでの生き様がビデオによって語られる。日本人女性と結婚し、日本に帰化し、4人の子供を設け、大好きな焼津の海(水泳が大得意の八雲が、自分に合った海はこの焼津にしかない)を終の棲家に望んだのは、山口乙吉との出会いが強い信頼関係を生み、人間として互いに敬愛の念を欠くことがなかったからだ。奥さんを愛し、子供を愛し、信頼する友を愛した八雲の人間性に触れて、ますます作品が読みたくなった。

 八雲の足跡を巡り昼食会になった。これも楽しみの一つだ。司会者の発案で近況報告をしようということになった。皆の狙いはギターとフルートを所持したMの演奏だったが、皆一通り近況を語った。合唱団に所属しながら野菜作りに嵌っているというS、山ガールそのままで週末には山を歩いているという彼女、ボランティア活動に明け暮れているT、ご主人の仕事を手伝いながら、帳簿整理に忙しいというI、江戸末期から明治の歴史に興味があり、日本びいきのぺりー報告書を英語で読もうと思っているのだが、辞書を引いている時間ばかり長くて全く進まないというK、車いじりが好きで、どんな車でも直したくなるが、ドイツ製が一番好きというS、凄い記憶力でガイドと言う仕事を続けているE,パソコンと読書に嵌っている私、やっと誰もが待っていたMの演奏の番だ。

 「初めはギターで禁じられた遊び」弦の高さを替えて何度も弾く。最初は皆黙って聞いていたが、そのうちに皆の声が一つになって歌いだした。歌詞など問題ではない。何度も同じ歌詞を繰り返した。私達は皆同学年、時と場所と仲間は違っても、歌声喫茶に通って肩組んで大声で歌ったものだ。それが私達の青春だった。青春と言えばもう一つ、肩組んで国会へと突き進んだ60年安保の反対行進、みんなそれぞれ仲間は違っても、考えて行動したことは一つ、「禁じられた遊び」を歌いながら、二つの青春が交差する私の胸は熱くなって、涙を堪えるのがやっとだった。

 「今日撮った写真は来年の同級会で渡すから、必ず来年も元気で会おうね。」元気で一年を送ることを約束して別れた。今日と言う日を決して忘れない。来年はどんな会になるか。思いを巡らす。